2023バレンタインスペシャルショートストーリー

――2月14日。
 選抜メンバー10人は、全員揃って学生寮の共有スペースで食卓を囲んでいた。
「んじゃ、いただきまーす!」
 未來が元気よく挨拶の声をあげれば、他の者たちも復唱し、食事をスタートさせる。
 今日のメニューはオムライス。調理担当は未來と永久だった。
「ん。すっげーうめえじゃん!」
 早速、一口頬張った未來が瞳を大きくひらいた。
「ちゃんと作れてる……?」
「おう! 瀬文が手伝ってくれたおかげで最高の味になったぜ」
「よかった……!」
「本当に美味しいです。ね、嵐くん」
「ん。うめえ」
 未來に続く嵐と宙からの褒め言葉に、永久は嬉しそうにはにかむ。
「マジでうまいっすねこれ! 宮苑もそう思わねぇ?」
「まあ……悪くはないんじゃないの」
「だよなぁー!」
 普段気に入らないものは絶対に口にしない巴も、今日のオムライスはかなり気に入っているようだった。
 一方、向かい側の席では春飛が伊織の顔を覗きこんでいる。
「ねえ伊織、今日のレッスンどうだった?」
「田所先生にしごかれたよ。でも良い時間だった」
「海吏きゅんも超絶スパルタだったぜぇ。ま、余裕でこなしてやったけどにゃーっ!」
「倉橋。口に物を入れながら喋るな」
「あぁ? るっせえよ、ばーか!」
 叫んだ海吏の口から米粒が飛び出す。それは神楽の皿のすぐ近くへと落ちていった。
「米をこちらに飛ばすな!」
 メンバーたちが楽しそうに食事と談笑を続ける中、
「あの、ちょっといいですか」
 宙が、右手をあげながら突如立ち上がった。
「どした?」
「僕、皆さんに聞きたいことがありまして」
「……聞きたいこと?」
 隣に座っていた嵐が首をかしげる。
「あの……今日って……チョコいくつもらいました!?」
 宙以外の全員、誰もピンと来ていない様子で、顔を見合わせた。
「いやいやいや! まさか皆さん、バレンタインを忘れてるわけじゃないですよね!?」
 バレンタイン。そのワードが出てからようやく皆が「あぁ」と声を漏らす。
「おお、今日14日か! はは、すっかり忘れてたわ!」
 カラッとした笑顔で未來が答える。特に気にとめていないようだ。
「なぜこの一大イベントを忘れることができるんですか!」
「いやあ、最近楽曲作りでバタバタしててさ」
「同感っす! バレンタインってワードも久々に聞いたっつーか!」
 他のメンバーも同じで、宙ほどバレンタインにこだわっている者は一人もいなかった。
「ダメです! こういうイベントは心から楽しまないと! 僕たち年頃の男子なわけですから!」
「んー、俺もそこまで興味ないな」
「春飛さん! もっと青春しましょうよ!」
「そう言われてもね。ってか、そういう霧島くんはチョコいくつもらったの?」
「……ゼロです」
「ぶっ」
 しょんぼりとうなだれる宙に、春飛は思わず吹き出した。
「おまえ……なんか、哀れなヤツだな」
 嵐が同情と困惑の眼差しを宙へ向けると、本人は半泣きになりながら大声をあげた。
「どうして! どうして誰からももらえないんですか! こんなに楽しみにしてたのにー!!」
「泣くなよ霧島。ほら、来年はきっともらえるって」
 伊織が優しい声で宙をなだめるが、その想いは届かなかった。
「伊織さんにだけは言われたくないです!!」
「えっ」
「見ましたよ! 朝、学院のそばでファンの人たちからチョコもらってたの!」
 全員の視線が伊織に突き刺さる。伊織は逃げるように下を向いた。
「あ……まあ、そんなこともあった、かな」
「さっきまで素知らぬ顔してたくせに……!」
「ごめん。なんか言いづらくてさ」
「きぃぃ! うらやましいですぅ!」
「まあまあ。伊織がモテるのなんて今に始まったことじゃないよ?」
「……そうなんですか?」
「俺、ずーっと隣で見てきたから。高校の時なんか――」
「やめろって春飛」
 春飛の言葉を伊織が遮るものの、全員の興味はすでにエピソードの続きへ集中していた。
「え! 教えて下さいよ!」
 宙が身を乗り出しながら、口を尖らせる。
 春飛は何かのスイッチが入ったのか、楽しそうに口角をつりあげた。
「ねえ。こうなったら、みんなでバレンタインの思い出トークでもしちゃう? 丁度全員いることだし」
「うおー! 聞きたいっす! みなさんの過去!」
「こういうのしたことなかったもんな! やろうぜ!」
 春飛の提案に、旺士朗と未來はノリノリで賛成した。
 他の者たちもなんだかんだメンバーのバレンタイン事情に興味があるのか、正面を切って反対する者はいない。
 というわけで急遽、男子10名によるバレンタイントークがスタートした。

「さっきの続きね。伊織は高3の頃、学校の9割の女子からバレンタインチョコをもらってたんだよ」
 ただならぬエピソードを聞いた8人は、あんぐりと口を開け伊織を見る。
「宝田さん、やべえっすね……!」
「うう、僕も伊織さんのヴィジュアルがほしい……!」
「つぅか9割ってほぼ全ての女子じゃねぇ? 逆に残りの1割はなんなん?」
「……宝田伊織。貴様……何者だ……」
 旺士朗と宙は羨望の眼差しを向け、海吏と神楽は数字の威力に少し引いていた。
「伊織は学校の王子様だったからねぇ」
 春飛が得意げに笑い、伊織と肩を組む。
「春飛さんはどうだったんですか?」
「俺? んー、バレンタインは毎年10個くらいもらってたかなぁ」
「しっかりモテてるじゃないですか!!」
「いや伊織と比べたら全然だよ。俺にくれる子は少数派のコア層」
「コア……なんかわかる気がするな」
 嵐が苦笑いを浮かべる。
「小宮山くんはある? バレンタインの思い出」
「ねえよ。後輩の男が哀れんで義理チョコくれた記憶はあるな……」
「それ義理っていうか、同情チョコじゃないですか?」
「なっ」
「かわいそうな嵐くん……」
「るせえな……! そういうてめえはどうなんだよ!」
 宙の無慈悲な発言にカッとなった嵐が、乱暴に言葉をぶつける。
「ん―。僕は実家がピアノ教室だったから、通ってる子どもたちの親御さんにもらうことが多かったんですよねぇ……」
「おまえも似たようなもんじゃねえか」
「嵐くんほどひどくはないですぅー!」
「一緒だっつーの!!」
「一緒じゃないです!!」
「おいおい、んなくだらないことで喧嘩すんな」
 睨み合う嵐と宙の間に、未來が割って入る。
 両者の頭をわしゃわしゃと撫で喧嘩を制止する未來へ、宙はジトッとした視線を向ける。
「ずるい……」
「へ?」
「未來さんこそ、絶対昔からモテモテでしたよね……陽のオーラがすごいですもん……」
「いや。俺は小等部から高等部までエスカレーターで行ったから、周りのメンツがほとんど変わんなくてさ」
「へえ!」
「だから男女関係なくダチって感じだったぞ。バレンタインは自分でチョコ作って食ったりしてたなー」
「自分でチョコを……意外です……!」
 未來の過去話を聞き、永久がきらきらと目を輝かせた。
「チョコ作って食べるの、楽しそう……!」
「おう、今度一緒にやろうぜ」
「うん、うん! やりたい! 未來くんと、やる!」
「おう。約束な」
 へらりと笑ってみせる永久の頭を未來が撫でる。
「なんですかこの幸せな世界……!」
「財前さんと瀬文さんってマジ仲良しっすねぇ」
「仲良しっていうか、あれじゃない? 飼い主と犬」
「そうなんだよ。俺らは飼い主とわんこだよな!」
「わんわん!」
 皮肉で吐いた巴の言葉すら、未來と永久は嬉しそうに受け入れる。
「つーか、瀬文さんってバレンタインとかもらったことあるんすか?」
 旺士朗の問いかけを受け、永久が記憶を巡らせる。
「……ない、かな。そもそもチョコなんて、ご褒美で買うときしか食べれなかった……」
「ご褒美って?」
「お誕生日の時とか……。お金がないから、ひとつだけしか買えなかったけど。すっごくおいしかったな……」
 嬉しそうに思い出を語る永久があまりにいじらしかったのか、未來は自分より一回り大きなその身体を思いきり抱きしめた。
「瀬文!! チョコは、これから俺がたらふく食わしてやる!」
「えっ。いいの?」
「おまえがもういいっていうまで、食わしてやるからな!」
「……っ! ありがとう、未來くん!」
 感動劇を繰り広げる2人の傍ら、巴が苦笑いを浮かべる。
「なにこの茶番。馬鹿じゃないの……」
「どちた、もえたん。もちかちてうらやまちいのかぁ?」
「はぁ!? そんなわけないでしょ!」
「宮苑。ちょっとうらやましいって顔に書いてあるぞ!」
「書いてない! チョコごときで大袈裟だなって思っただけ」
「ひひ、素直じゃねえなぁ」
「なあ、宮苑はバレンタインの思い出とかあるのか?」
「おお、気になるぅ! もえたん、そーゆーの経験あんのー?」
 旺士朗と巴の問いかけに、巴が視線を泳がせる。
「……まあ、もらったことは全然あるけど」
「ええ! マジかよ! やるじゃん!」
「べ、別に。庶民からのチョコとかいらないし。迷惑だったから家帰って速攻捨ててやったね!」
 耳まで真っ赤になっている巴を見て、旺士朗がにやりと笑う。
「家に帰ってクソ喜んでるタイプだにゃこりゃ」
「だははは! 超想像つきます! 宮苑、おまえ可愛いヤツだな!」
「は? だまれ……! っていうか山猿こそどうなんだよ! どうせおまえのことだからゼロだろ!」
「いや。俺、熊本でめちゃくちゃモテてたぞ。毎年すげーいっぱいもらってた」
「はあ!? おまえが!? 信じらんない、嘘つくな!」
「ほんとだって! 毎週のように告白されてたんだって!」
 旺士朗のモテエピソードに驚愕した巴は、顔面蒼白で首を横に振り続ける。
「いやだ! 絶対信じない!!」
「なんでだよぉ!!」
「宮苑くんはなんでそこまで否定してるの?」
「もえたんはシロちゃんに負けたくないんじゃね?」
「あー。そっちね。見下す対象がいなくなるのが嫌っていう」
「そそ。海吏きゅんとクソツマみてえなモンだな」
「ちょっと待て。それはどっちが見下している立場だ?」
 春飛と海吏の会話を、神楽が遮る。海吏はにやりと笑ってみせた。
「俺がてめえを見下してるに決まってんだろぉ?」
「……っ、ふざけるな。誰が貴様なんかに!」
「じゃあクソツマ、バレンタインもらったことあんの?」
「それは…………あ、ある」
「ねえな! ぜっっってえーねえだろ!」
「う、うるさい! 母親からは毎年もらっていた!」
「それカウントされませんからぁーっ!」
「なぜだ! もらった事実は変わりないだろう!」
「ひひっ、クソツマはバレンタインもクソツマー!」
 神楽が顔を真っ赤にして、人差し指で海吏を指す。一方の海吏は、挑発するようにべっと舌を出した。
「黙れ! 貴様はどうなんだ! こんな変人にチョコレートなどを渡す人間なんていなかっただろう!」
「海吏きゅんがバレンタインなんかに興味あるわけねえだろバーカッ! そんなの凡人が楽しむモンだっちゃ!」
「フン! どうせ見向きもされなかったんだろう。貴様も所詮、俺と変わらん!」
「ちげえしぃ。海吏きゅんは昔から超〜絶モテてたしぃ〜?」
「ならば証拠を見せてみろ!」
「あぁ? なんでてめえの言うこと聞かなきゃいけねぇんだよ」
「いいから見せろ!」
 海吏と神楽が恒例行事となった終わりのない喧嘩を始める。他のメンバーはそれを慣れた様子で遠巻きに見守っていた。
「倉橋さんって実際どうだったんですかねぇ?」
「んー。俺的には、変わり者すぎて多分モテてはなかったと思うなぁ」
「なるほど……。高槻さんは絶対モテないってすぐわかりますけど」
「ぶっ、ははは! 霧島くんそれは正直すぎ!」
「だって、あきらかにモテませんって顔に書いてありますよね?」
「霧島……高槻が可哀想だよ……言葉を選んでやってくれ……」
「え!? 僕、なんか失礼なこと言ってます!?」
「おまえ……マジで恐ろしいヤツだな……」
 嵐と伊織は、宙から雑に扱われてしまう神楽に心の底から同情をした。
「っつーかちょっと待て。今の話まとめるとさ。俺ら、結局加地と宝田と榊以外、まともなバレンタイン過ごしてねえってことじゃね……?」
 真相に気づいた未來がそう口にすると、それまで言い合いをしていたメンバーたちもぴたりと動きを止めた。そして、数秒間の沈黙が流れる。7人の心に言いしれぬ切なさの風が吹き込んでいった。
「も、もうこうなったら、今まででのバレンタイン史上、今日を一番楽しく過ごしませんか!?」
 沈黙を破ったのは宙だった。おそらく――いや、確実に宙が一番チョコを欲しがっていたはずだが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。胸を埋め尽くす悔しさを仲間たちとの賑わいで消し去れればそれでよかった。
「決めました! 今日はたらふく飲みましょう!」
 宙が冷蔵庫の扉を開け、入っている缶ビールの缶を手に取る。
「宙! 酒は気をつけろよ……!」
「ほ、本当に! 霧島くん、気をつけて……!」
 嵐と永久が心配そうに宙を見つめる。当の本人は忠告を聞き入れず、酒をテーブルに次々と運んでいる。
「大丈夫です! さあ皆さん、酒盛りの準備をしましょう!」
「ひゃひゃ。ああなっちまった宙めろは本気だにゃ」
「まあでも、楽しく過ごすっつーのには賛成だ! うし。んじゃ今から男だけのバレンタイン飲み会すっか!」
「はは。タイトルだけで暑苦しいねぇ」
「いいじゃん、楽しそうで」
「伊織がいいなら俺はいいけど」
「フン。低能な奴らめ。付き合ってられん」
「同感。くだらなさすぎ」
「んなこと言うなよ、宮苑! こういうのが一番思い出になったりするんだぜ?」
「どうだか……っていうか俺ら未成年だし」
「いいじゃねえかよノンアルで行こうぜ! 俺は楽しけりゃなんでもオッケーだ!」
「おまえってほんっと脳みそ小さいね」
 一部の乗り気ではないメンバーをよそに、飲み会の準備がゆるりと進んでいく。
 男だらけのバレンタイン飲み会。
 それが大層に盛り上がり、翌朝の7時まで続き、結果最後まで生き残っていたのは嫌がっていた神楽と巴のみという事実を、このときはまだ誰も知らないのであった。
 

									  END